愛情飢餓感が強いと必要以上に頑張ってしまう

前回紹介した『心の休ませ方』(加藤諦三,2006)の内容について、もう少し書きたいことがあるのでお付き合い願います。

前回の内容以外に特にインパクトを覚えた箇所として、愛情飢餓感が強いと他者からの評価を得ようと無意味な努力をしてしまう、というものがありました。

短期的にはそれが、「仕事ができる人」や「しっかりと結果を出せる人」というような仕事上の高い評価に繋がるかもしれませんが、長期的にみればあまり好ましい状態とはいえないのかもしれません。

それだけ他者からの評価を欲するのはなぜなのか、を考えてみる必要があると思います。

過去に、好きでもないのに他者からの評価を得るために、社畜になり果てた時期がありましたが、それも今思えば幼少期に満たせなかった幼児的願望が影響しているのだと分かります。

幼児的願望が満たされず愛情飢餓感が強いまま生きていると、他者から拒否されるのが怖いために周囲に迎合してしまいます。

その結果、自分の気持ちではない言動・行動をとりがちになり(自分の気持ちが分からなくなり)、自分に対して不誠実な言動・行動をとり続けてしまうのだそうです。

結果として、心身ともに限界を超えて酷使してしまうという状態になりますが、それでもなお本人は愛情飢餓感が強いままなので、自分に対して不誠実な生き方を貫いてしまいます。それは自分を大切にしない、自分を守らない、自分の心身の健康をかえりみない行為です。

頑張ることも生きることだけれど、休むこともまた生きること」(前褐書,230項)、努力や頑張りだけでは物事は解決しないことこれまでの生き方が間違っていたことを認識して、抑圧してきた憎しみの感情を吐き出し、真に自分の人生を生きるエネルギーを取り戻すことが必要です。

しかしそれだけでは不十分。なぜなら、幼児的願望が満たされておらず愛情飢餓感が強いことを自覚できただけだから。そのままでは、頑張りすぎてしまう自分に変わりありません。

他人に対する自分の態度、他人に対する自分の感じ方、自分に対する自分の感じ方などを変えることができてはじめて、心理的離乳は完成したと言えるのではなかろうか。そうなってはじめて本当の自分になれたと言える(『自分に気づく心理学』加藤諦三,2000,216項)

とあるように、自分で自分をケアしていく積極的・能動的な姿勢が必要です。過去の憎しみを吐き出して、自分の中にある幼児的願望と強い愛情飢餓感に気付き、それを自分で満たしていく…Take care of yourself.

大人になってから幼少期の感情欲求を満たすのは、並大抵の覚悟ではできない辛く苦しい行為ですが、その行為は頑張りすぎてしまう自分を変える重要な方法の1つだと思っています。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加