最近読んだ『毒になる母 自己愛マザーに苦しむ子供』(キャリル・マクブライド,2015)に興味深い内容がありました。
親は自分のことで頭がいっぱい
ここで紹介するのは、「自己愛マザー」というより「自己愛家庭」という見方で、
自己愛の強い家庭では、子どもが親の欲求に応えることが当たり前になっていると書かれていました。
自己愛の蔓延する家庭では、家族のあいだに精神的なつながりがない。親密そうに見えても、親が自分のことで頭がいっぱいなため、家庭内にほんとうのコミュニケーションや結びつきは存在しない。
健全な家庭では親が子どもの欲求に応えるが、自己愛の強い家庭では子どもが親の欲求に応えなければならない。こうして親子の役目が逆転した家庭では、大人がほんとうの気持ちに向きあわず、子どもの情緒的な欲求にも応じない。(p93)
この文章を読んで、まさしく自分の親だと思いました…
両親共に自分のことで頭がいっぱいで、親との結びつきが得られないように感じていた幼少時代の私は、同居していた祖母にそれを求めていた気がします。
特に、祖母は情緒的な欲求に応えてくれたので、親よりも精神的な結びつきがあった記憶です。
親は自分たちの心を守るのに必死で、子どもの気持ちに気付く余裕などないように感じていました。
ただ、私はその事実に気付きたくなかったため、親の前では自分の気持ちを偽っていました。
しかし、そのせいで徐々に自分の感情が分からなくなっていった部分もあったと思います…
親から拒否されることを恐れる
最近思ったことですが、幼少期はずっと親に振り回される生活を送っていたため、実家を出るまで自己愛の強い親の欲求に応え続けていた…気がします。
今でこそ何をやりたいかを考える余裕がありますが、当時はそんな気持ちさえ生まれてきませんでした。
ただ、親や周囲の大人から良く思われることに重きを置いて生活していた気がします。
親から拒否されても否定されても、しつこく自分の欲求を伝えられれば良かったのですが、
拒否された時のダメージに耐えられる自信がなく…
結局、親が喜びそうな自分像を演じることで自分を守っていました。
子どもと向き合う力が不足していた親
ただ、きっと親自身もそんな価値観の中で、長い間生きてきたのではないかと思います。
そして、今思えば両親そろって子どもと向き合う力が不足していました。
そういう自己愛の強い家庭で生きていると、
子どもは自分の感情を表したり、ほんとうの気持ちを感じたりできなくなる。成人後は対人関係の悩みを抱えやすい(p95)
のだそうです。
まさにその通りで、10代の頃までは感情の表し方が分からず、会話も上手くできず、両親の前で繕うための偽感情しか感じられなくなっていました。
今は少しずつ改善していますが、それでもまだまだそれらの能力は低いと思います。
自信をもてない原因になる
またそれだけでなく、
親に自分の欲求を満たしてもらえない子どもは、安心感や信頼感がもてず、自信ももてない(p95)
というのですが…まさにその通りです。
職場の上司から「もっと自信をもった方がいい」と何度も言われましたが、今でも自信がもてずにいます…
それはおそらく、年相応の情緒的成長ができなかったことも関係していると思います。
現実と向き合わない限り、前に進めない
と、ここまで自己愛家庭に育った自分に関して書いたのですが、最初は自己愛家庭に育ったこと自体信じられなかっただけでなく、信じたくありませんでした。
親が大変な中育ててくれた事実には変わりがないですし、そんな親を悪く言ったり思ったりすることにも気が引けていたからです。
でも、自己愛家庭で育った現実を認め、当時の感情と真正面から向き合って感情を浄化し、
自己愛家庭でもたらされた悪影響から脱しなければ、自分の人生がいっこうに前に進めない気がしました。
そのため、かなり辛い作業ですが現実に向き合い始めました。
自己愛人間は自分を精一杯よく見せ、自分が特別ですばらしい人間だと世間に思われたい。本気でそう思いこんでいることさえある。けれどその中心にあるのは、充分に発達しなかった不完全でちっぽけな自己感覚だ(p100)
数年前までまさにこんな状態でしたが…
それに気付けてから、少しずつ変化してきたと思います(思いたい)。
時間はかかると思いますが、これから年相応に必要な情緒を少しずつ育んでいこうと思います。