誰にも助けを求めることができなかったとき、自分を必死に励まして乗り越えた

こんな私でも管理職をしていた頃がありました。

当時、その業界での経験が他の人よりも長かったことで、そうなってしまったわけですが…

即断即決で日々めまぐるしく状況が変化していく職場だったため、「この判断でいいのだろうか?」と常に不安に思いながら、誰にも助けを求めることができず仕事を進めていた記憶があります。

あんなプレッシャーのかかる激務の日々は二度と経験したくありませんが……

当時は今より若かったこともあってか勘が働き、少ないながらもそれまでの人脈も活きて、運が良かったこともあり、不可能だと思われていた仕事を、何とか1つ1つ成功させることができました。

ただ一度、激務が続いたときにミスをして、部下からの信頼を失いかけたことがあり…

それ以降、現場全体のパフォーマンスを下げないために、どれだけ忙しくても、どれだけ疲労が蓄積していても、誰よりも完璧に仕事をすることを自分に課しました。

もちろん業界や職種によって異なると思うので一概には言えませんが…取引先や得意先、また現場の統制のために、常に完璧な仕事を目指す必要がありました。

そうしないと結局自分が困るからでもありますが、仕事の性質上、想定外のトラブルが頻発していたので、こちらに落ち度がないことが重要だったのもあります。

また、仕事ができる部下に力を発揮してもらうためには、上司はそれ以上に仕事ができる必要があると、当時勝手に思っていたところもありました。

ただ、誰にも助けを求めることができない状況だったので、その度に不安で弱気になっていました…

「今日もトラブルが起きていたらどうしよう…」「私に解決できるのか…」等々。

そんな不安で弱気な自分を、どうにか奮い立たせて職場へ向かわせるために、毎日必死で自分を励ましていました。自分で自分の背中を押すように…

職場で弱い姿を見せたり、弱音を吐いたりできるような時間的精神的余裕がなかったのもありますが、とにかく自分を励まして日々を乗り越えていくしかないような状況が続いたため、そうしていたのだろうと思います。

そんな苦しみや自分に対する励ましが報われたのか、そのうち社会情勢や同業他社の業績とは裏腹に、本社も取引先も驚く凄まじい業績が上がるようになりました。

その業績の上がり具合には自分でも仰天しましたが、もっと仰天したのは本社や取引先、上司の態度の手の平返しでした。

良い意味で、「結果が出ていれば、誰も文句は言えない」という現実を目の当たりにしました。

しかしながら、中間管理職という立場上たいして給与は変わらず、しかも忙しさが増しているにもかかわらず、定年までのあと数年を波風を立たせない形で終えたかった上司は、結局増員許可をくれませんでした…

そんなことが数年続いて力尽き、結果退職してしまったのですが、あのとき孤独で不安で弱気だった自分を必死に励まし続けたことは、その後に活きている気がします。

どれだけ孤独でも、自分だけは自分の味方、だから、自分で自分を励ます

たかだか十数年ですが、自分を励ましつつ辛抱我慢しながら働いてきた日々を思い返すと、、、

「あの頃にだけは戻りたくない」という期間のおかげで、今の自分があるのも確かなので、そういう意味では感謝したい気持ちもあります。

ただ、自分に合わない仕事をいくら無理してやっても、それは相性の悪い人間を引き寄せたり、自分の心身を壊したりするケースが多いような気がするので……

可能な限り、自分の気質や適性に合った仕事を選ぶ必要がある、と今は強く思っています。

その上で、自分を励ましながら仕事に取り組んだほうが、辛抱我慢度合いも少なくラクに生きられるのではないかと考えています。

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