遊ぶことや睡眠に罪悪感を覚えていたのは、父からの洗脳だった

ここ数日、また幼少期を振り返っていますが、エネルギーを消耗する作業のようで、酷い夢を何度も見ています。

ただ、神経症的生き方から脱却するためには、過去を振り返り、過去の自分と向き合うことが必要だと考えているため、引き続き、向き合い続けるつもりでいます。

とはいえ、『「自分の居場所」をつくる心理学』(加藤 諦三、2010)で、日本人の大半は神経症的であり、神経症的価値を重んじる文化であるという記載を見つけたため、

神経症的部分を減らすには、そうした社会から脱出し、神経症的価値を重んじる文化がない社会へ移住したほうがいいのかもしれません。

さて、

では、幼少期から、孤独感、孤立感、疎外感、のけ者意識、邪魔者意識、役立たず意識を感じていたことを書きました。

そんな中、最近はじめて、脳の病気で亡くなった父親との関係が、病気前はとても険悪だったことを思い返しました。

父は子煩悩だったと母から何度も聞かされてきましたが、物心ついた頃の父に対する印象は、友人から羨ましがられるような人当たりの良い大人であったものの、多忙なためか父は自宅にほとんどおらず、また私に秀でた能力がなかったこともあってか、親子といえど特に接点はありませんでした。

ただ、病気になる直前と亡くなった後の資料で感じた父への総合的印象は、確かに社会的弱者を救うために寝る間を惜しんで全力で生きた人だけれど、同時に社会的評価・社会的称賛を求める野心家であり、馬鹿にされることを極端に嫌う神経症的努力家だった気がします。

確かに、器用に何でもできて超優秀だった父は、不器用で何の取り柄もない子どもにほぼ無関心だった記憶で、唯一父から褒められた「お前は根性があるからな」という言葉は、良い意味でも悪い意味でも私の人生を左右してきました。

有難いことに、良い思い出が3つくらいは思い出せるのですが、それ以上に傷付いた思い出が多くあります。

幼少期、団体競技や球技は嫌いなのにスポーツ少年団(バレーボール)に入らされたり、テレビを禁止されたり、学校の連絡手段として必要だった携帯電話を禁止されたり、友人と街中へ外出すると2時間以上説教されたり、キツイ友人関係に口出しされたり、完璧ではない成績のことをバカにされたり、都合の良いときだけ親ヅラしたり、、、

また、毎回私の考え方を「それは間違っている、おかしい」などと強く批判してくる人でした。

思い出すとキリがありませんが、そんな感じでなぜか私には強く当たってくる父でした。

私には弟がいますが弟に対してはそうでなく、私が長子だからか、単に相性が悪かったのか、当たりやすかったのか、男尊女卑の田舎で男に意見する女なんて存在しないためか、毎日夕食時には言い争いをして泣かされていました。

もしかすると、父自身が祖父(父の父)からそんな感じで厳しかったため、私にもそうゆう接し方しかできなかったのかもしれません。

祖母(父の母)は子どもに無関心な人で仕事ばかりしていたので、そんな祖母(父の母)への恨みがあったのか、祖母がテレビを見て大笑いしていると激しく怒鳴ったり、常識的でない部分をしつこく注意したりする光景を何度も見かけました。

もしかすると、父が子どもの頃に親子逆転が起こっていて、親の世話をしなければならない環境だったため、その過程で、神経症的努力を身に付ける羽目になったのかもしれません。

父が学生時代に世話した後輩が大勢いたのも、幼少期に求められた役割のためだったかもしれません。

とはいえ、病気になる直前は、何かにつけて私に対して(確か母にも)しつこく、束縛し、絡んでくる人だったような記憶があります。

それは父自身が不安で不安で仕方なく、その不安を解消するために絡みやすい相手に絡んでいたからではないか、と思います。

そうやって自分の心の葛藤を解決することで精一杯で、子どもに純粋な関心を向ける余裕はなかったのではないか、と思います。

その後、父が脳の病気であることが分かり、私に体する理不尽とも思える言動や行動は、病気のせいだったのか?と思うことで、父への反発心は心の奥底に封印してきました。

ただ、改めて当時のことを思い返し始めると、私の神経症的要素の大部分は、父からのものである可能性が高い気がしてきました。

物心つく前までは、母よりも父との接触が多かったらしい私は、父が有していた神経症的要素を自然と受け継ぐことになった気がします。

そんな父との接触で形成された価値観の1つは、「遊ぶことは、悪いこと」。

そのせいだか分かりませんが、高校卒業後、アルバイトで貯めたお金で1人暮らしを始めて、まず1番始めにしたことは、友人と遊びまくることでした。

そうやって20代の頃までは、遊んでいる時間は常に罪悪感を覚えていました。

そして、「寝ている時間は、遊んでいる時間」という価値観だった父の影響で、睡眠時間を多くとることにも罪悪感を覚えていました。

ただ、父が病気になり「睡眠は大事らしい」という考えに変わってから、その価値観からも少しずつ解放されるようになりました。

 

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