カープ一筋30年!緒方監督の優勝までの軌跡

広島カープが1991年以来、25年ぶりのリーグ優勝を決めました。優勝が決定したその瞬間、優勝を待ちわびた広島の街だけでなく、全国のカープファンが歓喜の渦に包まれました。

そして、優勝した後の緒方監督はシーズン中に見せた鋭い目ではなく、ベテラン2人の抱き合って泣く姿を笑いながら見守る優しい目でした。

しかし、この優勝への道のりは監督自身にとっても長く遠いものだったのです。

どのチームで優勝したいか

鳥栖高から1987年にドラフト3位で広島カープに入団した緒方監督ですが、25年前に優勝した1991年は、代走、守備固め要員で、優勝の瞬間は蚊帳の外でした。

その後も「たたき上げの広島式育成法」でレギュラーになりましたが、30本塁打を打っても、50盗塁をしても、結局優勝は出来ませんでした。

その間に、他球団から移籍オファーがきたこともありました。それもそのはず、当時の打率は2年連続3割越え、本塁打は自己最多の36本と大活躍した年だったのです。

妻のかな子さんは、当時を振り返ってこう話しています。

「このころ、主人はいちばん悩んでいました。他の球団から給料面でも破格の待遇を提示がありました。優勝にこだわっていたこともあり、優勝を狙える可能性の高いチームへ移ったほうがいいのではないかと揺れたようです。でも最後には『俺は他の球団ではなく、カープで優勝したいんだ。ずっと一緒に練習してきた仲間、支えてくれた裏方さん、応援してくれたファン。そのみんなと一緒に優勝したい』と言って、残留を決めたんです」

就任1年目は空回り

その後2009年に引退してコーチに就任、2014年11月には「戦う集団を作る。何が何でも優勝する」と宣言し、監督となりました。

しかし、自分の気持ちが強ければ強いほど、空回りしていく2015年シーズンを経験し、「無力なんだと感じた1年だった」と振り返る年を過ごすことになってしまいます。

それは、緒方監督の、”性格は真っすぐだが器用ではなく、超が付くほどの頑固者”という面が影響していたためで、厳しさは誤解を生み、コーチが怖がって監督室に近寄ることさえしなくなっていました。

その結果、最終戦で敗れCS進出すら逃してしまい、ファンの期待を裏切った形になった緒方監督は、批判の矢面に立たされてしまいます。

最初は球場で応援していた家族も、ファンの罵声に耐えかねて来られなくなったといいます。CS敗退後のオーナー報告では、懐に進退伺を忍ばせていたそうです。

導く指導者として

1991年の優勝から26年目の今シーズン、結果が出なければ辞めると決めていました。胸にはいずれも故人となった3人の恩師、鳥栖時代の平野国隆監督、村上孝雄スカウト、三村敏之監督と、教えを請う武道家の宇城憲治氏の言葉がありました。

「導く指導でなければならない」

そして、前時代的な根性論を捨て、目線を下げて選手に向き合うようになりました。主力選手を食事に誘って目指す野球を共有する一方で、平等な起用もするようになりました。

また、試合後の監督室への呼び出しはやめて、翌日のグラウンドで声を掛けるようにしました。

そして、昨シーズンはなかったコーチ陣の監督室への出入りも、今シーズンは頻繁に出入りするようになるなど、監督の変化に周囲も変わっていきました。

監督自身が変わっていった

しかし、昨シーズンと変わらなかった部分もありました。それは、前日がどんなにロングゲームとなっても、翌日は必ず朝5時に起床し、ナイター試合でも午前8時には家を出ていたことです。

その習慣を緒方監督は、「朝起きて歯を磨くのと同じ」と言いますが、そうして得た時間で、対戦チーム全選手の特徴を頭にたたき込んだといいます。

また、試合中のサインの伝達も任せ、試合後のインタビューでは、活躍した選手の名前を挙げて褒めると同時にチーム全体を褒めるようになりました。

たまに負けても、選手をねぎらい、責任は自分と口にする監督の姿に呼応するかのように、チームは戦うごとに強く、そして一丸となっていったように思えます。

カープでの野球を追及

とはいえ、睡眠時間が極端に短い生活で体はボロボロになっていました。しかしながら、その結果、2016年9月10日、球団史上初の80勝を超える勝ち星で優勝を掴むことが出来ました。選手時代にもコーチ時代にも得られなかった優勝を、25年の歳月を経て監督時代に、ようやく掴むことが出来たのです。

現役時代に他球団からのオファーを断り、カープにこだわり続けた決断が報われた瞬間だったに違いありません。

黒田や新井と同じようにカープでの優勝を強く欲していた人間、それが緒方だったのです。

黒田と新井が復帰したのは

日本シリーズに敗れて采配云々を言われているようですが、私は緒方監督でなければ、黒田や新井、コーチ陣の集結はなかったと思っています。

自分たちの目指す野球が、ようやくカープで出来そうだと黒田と新井が思えた監督、それが緒方だったのです。

多くの選手の活躍はありましたが、スーパースターがいない中で25年ぶりのリーグ優勝を達成できたのは、緒方監督のカープ愛が、多くの選手の活躍やコーチの結集を呼び込んだ結果だったと思っています。

来シーズンは日本一

来シーズンは、今シーズン成しえなかった日本一という目標がありますが、今シーズンとは異なり、多くのチームから徹底的に研究されマークされるはずです。

しかし、監督1年目から2年目へ大変化を遂げることができた緒方監督ならば、きっと3年目も素晴らしい結果にチームを導いてくれることでしょう。来シーズンもカープの活躍には目が離せません!

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