カープ大躍進に高コーチ、河田コーチ、石井コーチの存在

惜しくも日本シリーズで敗れ、日本一を逃してしまった広島カープですが、25年ぶりとなるリーグ優勝を達成できたことは、多くのカープファンの胸を打ちました。その大躍進を影で支えたのが、他球団での指導経験を持つコーチ陣でした。

高ヘッドコーチ

まず1軍スタッフをまとめた、高ヘッドコーチです。

緒方体制2年目の2016年シーズンからヘッドコーチに就任しましたが、就任当初から気にかけていたのが「コーチ陣の一体感」だったそうです。

2軍監督を務めていた2015年、1軍の現場にはいなかったものの「コーチ間で意思疎通が欠けていた」といいます。

そして、選手に一丸となって戦うことを求めるなら、コーチ陣もまとまる必要がある、という強い意志のもと、“中間管理職”を買って出たそうです。監督とコーチ陣の間に入り、それぞれの意見を聞く役割を果たしていきました。

監督や他のコーチに言いたいことがあれば、どんどん言って来てくれと伝えた。やりやすい環境を整えるのもヘッドの仕事」。

就任1年目の東出打撃コーチが、選手の入れ替えについて高コーチに相談したことからも分かる通りに、高ヘッドコーチの存在が徐々にコーチ間の一体感を高めていきました。

カープが屋外球場を本拠地としながら、2016年シーズン選手が夏バテ知らずだったのも、高ヘッドコーチの功績だといわれています。

5月の段階で指揮官に対して、試合がない日の野手練習なしを提案しました。

「監督もスケジュールを任せてくれた。僕たちが現役のときと今とでは気温が全く違う。積極的休養と言うかね。休みにして、選手それぞれが必要だと思うことをすればいい。柔軟にね。勝負は夏場の8、9月なんだから」

普通、自分の現役時代の経験を押し付けてしまいがちですが、高コーチはそうではなく、現代に合った練習方法を提案していったのです。その結果、

「大きな故障者が出なかったし、夏場に失速しなかった。狙い通りになった」と高ヘッドコーチは語っています。

石井打撃コーチ

大躍進を支えたコーチは、高ヘッドコーチだけではありません。

2012年のオフに、オリックス2軍監督・打撃コーチなどを歴任した新井宏昌氏が打撃コーチに就任し、2013年から2年連続で3位という好成績を残しました。優勝には至りませんでしたが、多くの選手を育てたことは間違いありません。

その新井コーチの辞任により、守備走塁コーチだった石井琢朗氏が2016年シーズンから打撃コーチに就任しました。

横浜「マシンガン打線」の1番だった石井氏は、通算2432安打を放った現役時代のような、しつこい打線を作り上げていきます。昨季リーグ優勝したヤクルトを参考に、簡単に三振しないことを徹底させ、状況判断の重要性も叩き込んだといいます。

さらに、新井選手の起用法を思案し、「打線の軸として一年を通じて良い状態でやってほしかった」と、打撃を崩される可能性が高いと判断した投手と対戦する際は先発から外したのだそうです。

新井が2016年シーズン、阪神・藤浪晋太郎、巨人・菅野智之ら速球系投手との対戦がないのはそのためのようです。

昨季は自らオーダーを決めていた緒方監督が、多くのケースで「石井案」を受け入れたため、カープ打線が開花したともいわれています。

河田守備走塁コーチ

また、外野守備走塁コーチには、西武コーチを退いたOBの河田雄祐氏が就任。この河田守備走塁コーチが石井打撃コーチとともに、2016年シーズンのカープの打撃面を支えたといえるでしょう。

広島と西武で活躍した河田氏は、走塁技術はもちろん選手の意識を変えることに力を注ぎました。

いつも打つことはできない。打てなくても点を取るために一つでも先の塁を…、と選手と一緒に徹底してきた」といいます。

ミスが出ると、最初に選手の考えを聞き、納得できればコーチ会議で「私のミス」と謝罪したのだそうです。思い切った走塁は、リーグ唯一の3桁を記録する盗塁数にも表れています。

監督、コーチの抜群の一体感は、河田が高ヘッドコーチと同じ1985年入団、一学年下が緒方という世代が近いために生まれた面もあると思います。

とはいえ、そんな一体感が生まれたのは、適材適所で選手を生かす術を考え、試し抜いた結果に他ならないでしょう。

カープが今後、黄金時代を築いていくためには監督とコーチ陣の一体感が不可欠だといえますが、上記に紹介したコーチ陣は投手コーチである畝コーチとの仲も良好なので、現体制ならば何ら問題ないと思います。

今後、コーチ陣の更なる活躍にも期待したいです。

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